読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

世界はまだ油断してるから

4歳と1歳半の男の子ふたりの子育てを父親目線で紹介します

あの日から5年で子どもが二人増えました

f:id:kinakonan:20160311213745j:plain

 

長男の妊娠が分かったのは、震災の年の5月だった。

 

あの頃、地震と津波がひと段落して、今度は放射能騒ぎが起こっていた。

 

テレビでは政府が「ただちに影響は無い」といっていた。逆説的には「将来的には影響がある」と何度も繰り返している状況での妊娠の発覚。

 

逆算すれば、震災前。もしも震災の後なら「今はやめておこう」となっていたかもしれない。

 

「こんなタイミングで生まれてくるのかぁ」と思った。

 

あの頃の空気はそういう感じだった。世紀末感が半端無かった。

 

同じ頃、小さい子どもがいる友達が放射能から逃げるために2組も東京から移住した。

 

この子と二人のときに地震が来たらどうしようと妻がいった

 

うちの嫁は子どもが生まれた後、軽い産後うつになって、しくしくと泣き出した。


「もしもまた地震が来たら、この子と逃げられるかな」


まっ暗い部屋でそう言って泣く妻に、僕は大丈夫と言い続けるしかなかった。

 

そういう時期だった。でも、だからこそタフに育って欲しいと思った。

 

震災後を生きる子どもに残したメッセージ

 

そういえば、出産前に僕と嫁は子どもにメッセージを残した。

 

三脚で固定したビデオカメラに向かって生まれてくる子どもに話しかけた。

 

「大変な時代だけど、力強く生き抜いてね」

 

もう一度地震が来るかわからないから、最後のメッセージのつもりで、何度も何度もやり直しながら完璧なものを残した。

 

残したつもりだった。

 

でも、こないだ見返したら違和感がある。何かがおかしいのだ。

 

なんだろう・・・。全体をもう一度見てみる。

 

 

「あ、僕のチャックが開いてる、、、」

 

なんで、なんでこんなまじめな顔で、メッセージ語ってチャック開いてるんだろう。

 

それに気付いて、みんなでゲラゲラ笑う。

 

あの頃、お腹にいた子どもが「パパ~チャック~」と言っている。

 

下の子は笑顔のまま、つかまり立ちで歩いている。嫁も笑っている。

 

気付いたら4人になっていた。


そんな未来あの頃は想像もできなかった。

 

世界がこれからどうなるのかなんて、いまも本当に分からない。だからこそ、せめて今は笑えるように日々がんばろうと思う。

 

それがあの日から5年目の誓いだ。

 

 

広告を非表示にする