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世界はまだ油断してるから

4歳と1歳半の男の子ふたりの子育てを父親目線で紹介します

進級を嫌がった4歳の息子がいった一言に脱帽

育児

 

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先日、4歳の息子が通う保育園の進級お祝い会があった。

 

簡単なお遊戯をして、それを親がビデオに撮って、名前を呼ばれた息子がもじもじしながら「は~い」と元気に返事をする、とかそんな感じだ。

 

仕事を半休にして朝から出かける。早めに終わったので、ご飯を買って近くの公園に行くことにした。

 

息子が進級を嫌がる理由とは?

 

その時に息子を抱っこしながら、こんな会話をした。

 

「おめでとう。これでゆり組を卒業して、みかん組だね!よかったね」

 

「やだなぁ、ゆり組が良かったなぁ。ゆり組のままがいいよ、みかん組になりたくないなぁ」

 

「なんで?」

 

「だって、みかん組になったら形が変わっちゃうじゃん。いまのままでいいよ」

 

この気持ち凄くわかる。普通に進級するだけなんだけど、意外と人生でそういう場面っていっぱいある。

 

バイト先のメンバーと久々に会っても実は話題がない

 

バイト仲間と久々に会う。働いている時は楽しく飲めたのに、なんだかあの頃と違う。学生時代の仲間と会う、近況報告で時間が過ぎるけど、何かが失われていることに気付く。

 

結局、僕らは同じ空間で同じ時間を共有することで、分かり合える事がかなりあり、例えば学校なら「嫌いなクラスメイト」や「面白い先生」の話題でいくらでも盛り上がることができる。

 

だが、そういう対象が失われて、それぞれが自分の時間を過していくと、かつての仲良しメンバーが集まったとしても盛り上がるのは思い出話だけであり、現在の話をされても「ふーん、そうなんだ」となるだけである。時間や空間を共有していない以上、それは仕方がないことだろう。

 

つまり、一度バラバラになってしまえば、もう「形」が変わってしまうのだ。元には戻れない。

 

だからこその「一期一会」であり、一瞬一生(一瞬の積み重ねが一生)なのである。

 

ちなみに僕がそれに気付いたのはバイトをいくつもやって、振り返るべき過去ができてきた20代前半だったと思う。

 

あんなに仲良かった3人組なのに、なんか違うなぁとなることを繰り返してようやく気付いたのだ。

 

そんな世界の移ろいやすさを、息子がつかみ取っていたのかは分からない。

 

でも「形が変わるからやだ」という言葉にはその何か、萌芽のようなものが含まれている気がする。ちょっと分かっている、というか。人生の先輩としていえば、確かにその通りなのだよ。

 

でも、おまえそれ何で知ってるんだ、と何気ない会話に久々にドキリとしてしまった。

 

わかってるなぁ〜。

 

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